菊池温泉(菊池市隈府)にちなんだ「ワイフ物語」

 


文豪、徳冨蘆花(1868〜1927)夫人の愛子(旧姓原田、1874〜1947)は、ここ菊池市隈府中町で生まれた。愛子は文学少女として成長し、教師となるもあきたらず、英語、音楽、そして絵画の道を自らみがき、その多彩なる才能は夫蘆花の作品にことごとくあらわれている。口述の筆記、校正、編集、ふるさとの描写、そして女性心理の細やかなる書体はすべて愛子夫人の手によるものとされ、「思い出の記」「不如帰」などがあげられる。愛子は、夫蘆花と共に、自然主義者、平和愛好者でロシアの偉大なる作家トルストイ(Lev Nikolavich Tolstoi:1828〜1910)との親交を深め、その生き方に共鳴して、自然界の中に生き、農業を営みつつ作品を創りあげている。また、いち早く世界に目を向け、銀婚式の記念として、世界一周旅行(1919〜1920)に1年2ヶ月をかけ世界から日本を見つめている。ただ単なる物見遊山ではなく、この世界から戦争をなくし、平和をもたらすにはどうしたらいいかを夫婦で真剣に考えながらの旅であった。自らの才能を蘆花に献げつつも、その合い間に描いた水彩画の清らかさ、美しさ、自然らしさは、ふるさと菊池川の流れであろう。菊池市が産んだ愛の生涯を貫いた偉大なる女性・・・徳冨愛子である。
菊池市内には愛子の「短冊」「手紙」そして水彩画の「絵」など、愛子ゆかりの方々によって大事に保存されている。尚、菊池市は毎年11月22日を「いい夫婦の日」と定め、「おしどり夫婦の里。菊池ワイフ物語」としている。そして毎月22日を「夫婦の日」として女将の会は、この日を「夫婦」でこられる観光客には特別なプログラムを企画中。
「愛子」さんの文学作品、水彩画・短冊等々は、2002年秋から愛子展が開かれる。




日本名、出田節子さん。現在スイス在住。欧米では伯爵夫人セツコで親しまれている。正式名は、セツコ・クロソウスキー・ド・ローラ(Comtesse Setsuko Klossowsky de Rola)である。※Comtesseは伯爵夫人
1967年10月に20世紀を代表するフランス具像絵画の巨匠バルテュス・クロソウスキー氏(1908年〜2001年)と結婚。バルテュス氏亡きあと、スイスの山荘で娘の春美さんと、バルテュス氏財団の管理をするかたわら、自らも絵画創作活動をし、ニューヨーク、パリ、東京などで個展を開く。セツコさんの作品で今、最も有名なものはワインのラベルであろう。「シャトー・ムートン・ロートシルト1991」である。1984(昭和59)年、6月に京都市美術館で開催中の「バルテュス展」にバルテュス氏、娘の春美さんと来日。その折に家族水入らずでセツコさんの祖先の地である菊池市を訪問。れっきとした菊池氏一族の女性である。

スイス自宅にて